「木屋川ダム」は水資源に乏しい下関市の上水道用水、工業用水等を確保するために作られたダムです。このダム
は昭和15年に着工されましたが、第二次世界大戦の影響を受け昭和22年に一時工事は中断されました。しかし戦後
の復旧作業等により下関市の上水道用水、工業用水の確保が急務となったため、工事が中断されていた「木屋川ダ
ム」に洪水調整、発電の機能を付け足した多目的ダムとして昭和25年に工事を再開、昭和30年に完成しました。
 現在では木屋川第2期工業用水道事業の一環として建設された下流の「湯の原ダム」とともに下関市東部及び菊川
町への工業用水の供給も行っています。また、「木屋川ダム」は「湯の原ダム」の右岸側建てられた「木屋川利水事務
所」にて遠隔管理されています。
 ダム湖畔には壇ノ浦の戦いで命を落とした「安徳天皇西市陵墓参考地」があり、上流部には古くからの湯治場「俵山
温泉」があるなど観光名所にもなっています。また、ダム周辺は自然にも恵まれ、6月中旬にはゲンジホタルが多く飛
び交い、下流の豊田町では蛍祭が行われているそうです。
 

  右岸側から提体を見る、完成から50年経ったダムだ
けあり年季を感じる色をしています。
 古いダムによくある形ですが、ゲート上の天端が一段
盛り上がった形になっていました。
  右岸側やや上流から提体を見る、ゲートのすぐそばに
浮き桟橋がありボートが係留されていました。放流時に
は接岸させるのでしょうか?
 手前には建設時に使用されたと思われるコンクリート
建造物が水没していました。
  右岸側から天端を見る、天端中央部にゲート操作室を持つダムの宿命か、途中で一般者通行止めになっていました。ちょっと残念
 天端からダム湖を見る、流木止めの内側に係留してあるボートは管理用、外側のボートはワカサギ釣りに使用されるものと思われます。ダム湖畔にはワカサギ釣り用の貸しボート屋が数件ありました。
 流木止めにはたいしてごみもかかっておらず、水量も十分の綺麗なダム湖でした。
 
 天端から下流を望む、手前に見える建物は発電所。
 中規模ダムの下流としては水量が多いように思えます。減勢工は特に確認できませんでした。
 下流から提体を見る、3門並んだラジアルゲートとその上の盛り上がった天端部分が目立ちます。
 ここからでは見えませんが、排砂管を備えているようです。
 これ以上の提体への接近及び左岸側には行くことは出来ませんでした、少し残念です。


木屋川ダム緒元
形式 重力式コンクリートダム
目的 洪水調整、農地防災、不特定用水、河川維持用水、
上水道用水、工業用水、発電
河川名、水系 木屋川水系木屋川
左岸住所 山口県豊浦郡豊田町大河内
提高 41m
提頂長 174.3m
提体積 84,500m3
集水面積 84,100u
湛水面積 161ha
総貯水容量 21,750,000m3
有効貯水容量 21,080,000m3
クレストゲート ラジアルゲート3門(幅7.5m×高さ6.8m)
排砂管 1700mm×1門 
事業者 山口県
施工者 清水建設
竣工 1955年
ダム湖名 豊田湖(とよだこ)
関連ホームページ 山口県土木建築部河川開発課のホームページ
上記緒元は基本的にはダム案内図を元に制作しておりますが、一部日本ダム協会様の
ダム便覧を参考に作成しております。


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